デス・オーバチュア
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「光輝結界(こうきけっかい)」 ルーファスが右手を横に振ると、黄金の光が部屋中を広がっていく。 光に攻撃力はなく、黄金の光はドーム状に部屋中を包みきった。 「ほう……」 スレイヴィアは感心したように声を出す。 「余波は気にしなくていい、どんな魔術を使ってもいいから全力でタナトスを援護しろ、クロス」 ルーファスは普段と違い真面目な口調で言った。 「わかったわよ!……て、あなたは?」 戦わないつもり?というニュアンスを込めて尋ねる。 「俺はそこのガキを見張ってないとならないんでね」 ルーファスはコクマを見つめたまま答えた。 「心配しなくても介入する気はありませんよ。下手に邪魔をしたらスレイヴィア様に殺されてしまいますからね」 「どうだかな……」 「……素晴らしい結界だ……これなら」 唐突にスレイヴィアの姿が消える。 「よけろ、クロス!」 「えっ?」 ルーファスの声と同時に、クロスの体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。 「……これなら、全力で戦っても問題なさそうだ」 「なっ!?」 クロスが立っていた場所に代わりにスレイヴィアが立っており、自らの右手を見つめている。 一瞬の出来事に呆然としたタナトスだったが、瞬時に気を取り直すと、魂殺鎌をスレイヴィアに斬りつけた。 「ふん」 衝撃。 タナトスの体はいつのまにか背後の壁にめり込んでいた。 「……ちょっと……な……何なのよ?」 立ち上がったクロスが呟く。 「何の小細工もない。ただ右手一本で力任せに投げ飛ばされたんだよ、お前は」 クロスの呟きに、ルーファスが答えた。 「その次は、タナトスが魂殺鎌を振り切るよりも速く、左手で突き飛ばした……ただそれだけだ」 「……そ……それだけって……?」 確かに単純な動作なのは間違いない。 だが、パワーとスピードが異常だった。 「間違っても格闘なんてしようとするな、そいつは普通の獣人なんかとは次元が違う」 「……そういうことは……早く……言いなさいよね……」 「ほう……潰れていないのか、蠅」 「くっ!」 クロスは両手を交差させて身構える。 それだけが、クロスが再度、壁に叩きつけられるまでにできた唯一の行為だった。 「がぁぁ……」 クロスは吐血する。 体中が軋む……体中の骨にヒビでも入ったような気がした。 「……せ……赤霊紅蓮波っ!」 クロスの右手から炎が吹き出し、スレイヴィアに襲いかかる。 だが、スレイヴィアは軽く右手を振るだけで、炎を掻き消した。 「なっ……それなら、灼き尽くせ、全てを灰燼にきすまで! 赤霊灰……ぶぅっ!」 クロスが最後まで呪文を唱えるよりも速く、スレイヴィアの右手がクロスの顔面を掴み、彼女の後頭部を壁に叩きつける。 「無論、その程度の魔術くらっても何の問題もないが……わざわざ待ってやる理由もあるまい……」 スレイヴィアは、そのままクロスの顔面を掴んだまま、逆方向の壁に向かって投げつけた。 「貴様っ!」 いつのまにか復活していたタナトスの魂殺鎌がスレイヴィアの首を跳ね飛ばそうとしていた。 「ふむ、かわしきれんか……」 スレイヴィアは自らの首と魂殺鎌の刃の間に右手を割り込ませる。 妙に鈍い音が響いた。 「切り落とせない……!?」 「……これが神剣というものか……」 スレイヴィアは自らの右手にめり込んでいる魂殺鎌ごとタナトスを弾き飛ばす。 スレイヴィアは魂殺鎌がつけた傷を見つめていた。 「ほう……我の肉を裂き、骨まで達するとはな……」 タナトスは再び魂殺鎌で斬りかかる。 「調子に乗るなっ!」 スレイヴィアが無造作に右手を突き出すと、凄まじい風圧がタナトスを吹き飛ばした。 「むっ……」 始めてスレイヴィアが微かに顔をしかめる。 「この傷癒えぬのか……」 スレイヴィアは普通の獣人の何十倍もの生命力と快復力を持っていた。 本来ならこの程度の傷は数秒で快復するはずなのである。 それなのに、傷が癒えぬばかりか、右手に力を込めた瞬間、さらに傷が、骨にヒビが広がったような痛みを覚えたのだった。 「そう、魂殺鎌の前じゃてめえは不死身じゃないんだよ。どうだ、久し振りに味わうスリルの味は?」 ガラの悪い口調でルーファスが口を挟む。 「……ふん、なるほどな」 スレイヴィアはなぜか楽しげな笑みを浮かべた。 体勢を立て直したタナトスが再び斬りかかってくる。 斜めに振り下ろされたタナトスの一撃を、スレイヴィアは半身をずらすようにしてあっさりとかわした。 「面白いな倒される可能性があるスリルというのは……だが、本当に僅かなスリルでしかない……」 スレイヴィアの左手首が微かに動く。 次の瞬間、タナトスの体は天井に叩きつけられていた。 「確かに小娘は我を殺せる刃物を持っている……だが、当たらなければどうということはない……寧ろ、これだけスピードが違うのに当たるのは逆に至難の技だな」 スレイヴィアは愉快そうに笑う。 「あまりタナトスを甘く見るなよ」 「何?」 ルーファスの言葉の真意を尋ねるよりも早く、スレイヴィアの左肩が浅く切り裂かれた。 「くっ……外した……」 いつのまにかタナトスがスレイヴィアの足元にうずくまっている。 「馬鹿な、貴様、今……ぐっ」 スレイヴィアは言葉を途中で打ち切って、後ろに跳び退る。 次の瞬間、先程までスレイヴィアが立っていた場所を魂殺鎌が通過していた。 「なんだ……この感覚は……」 パワーもスピードも遙かに自分の方が上回っているというのに、なぜか目の前の小娘を見ていると、妙な感覚を覚えてしまう。 不安感?……恐怖? 「恐怖だと馬鹿なっ!?」 なぜ、こんな小さな存在に過ぎない小娘に……自分が恐怖を覚えなければならないのだ!? 「はあっ!」 魂殺鎌がスレイヴィアに迫る。 スレイヴィアはそれをかわした。 すぐさまタナトスは魂殺鎌を切り返す。 先程と同じような動きでスレイヴィアはかわした。 何度もタナトスの攻撃と、スレイヴィアの回避が繰り返される。 だが、じょじょにスレイヴィアの回避には余裕がなくなっていった。 「馬鹿な……なぜ……なぜだっ!?」 タナトスの動きは際限なく加速していき、スレイヴィアとのスピードの差が消滅していく。 「ええいっ!」 スレイヴィアは苛立ちを込めて右手を振り下ろした。 「滅っ!」 スレイヴィアの右手がタナトスの首に達するよりも速く、魂殺鎌がスレイヴィアの腹部を切り裂く。 「ぐっ!?」 「浅いかっ!?」 タナトスの一撃は浅かったが、スレイヴィアの動きが一瞬痛みで止まった。 「終わりだ……滅っ!」 タナトスは魂殺鎌をスレイヴィアの首を狙って斬り上げる。 「ぐぅぅっ!」 スレイヴィアは咄嗟に背中をそらせた。 何かを切り裂く音が響く。 魂殺鎌は、スレイヴィアの顔面を浅く切り裂いていた。 「姉様……凄い……」 クロスは呆然と、最愛の姉とスレイヴィアの戦いを見つめていた。 無論、できることなら今すぐにでもタナトスに加勢したい。 しかし、それは無理な話だった。 戦いの次元が違いすぎる。 詠唱省略の七霊魔術、いや、『あ』とか『い』とか一声発する間に、タナトスは数え切れないほどの攻撃を放っていた。 そして、それをかわし続け、反撃すら行うスレイヴィア。 二人の戦いに下手に自分が飛び込めば、タナトスの邪魔になるだけだ。 魔術などを唱える間は絶対にない。 呪文を一つ唱える間に自分は数十回は殺されるだろう。 スレイヴィアのパワーを受けながら格闘するのは不可能、かといってかわすだけのスピードは自分にはない。 「くっ……ただの役立たずだ、あたし……」 クロスは自らの非力さを呪った。 「絶対的なパワー、圧倒的なスピード、不死身の体……お前は楽をしすぎたんだよ、スレイヴィア」 切り裂かれた顔面を抑え、呆然としているスレイヴィアにルーファスは見下すよう目で話しかけた。 「不死身を無効にされ、スピードで追いつかれただけで、動揺し、その様だ。剣も魔法も通らない不死身の体をあてにしていたから防御もなっちゃいない。生まれ持ったパワーとスピードに任せた野性的で単純な攻撃、それは悪く言えば技術も何もない無駄だらけな攻撃に過ぎない」 「………………」 スレイヴィアはルーファスに何か言い返すわけでもなく、ただ呆然としている。 「……戦意を失ったのか? 悪いが、トドメは刺させてもらう」 タナトスは大鎌を振りかぶった。 「……滅っ!」 タナトスはスレイヴィアの首を狙って迷わず魂殺鎌を振り下ろす。 「ふ……ふ…………ふざけるなっ!」 スレイヴィアが咆哮のように叫んだ。 それだけで、タナトスは吹き飛ばされ、部屋全体が震撼する。 「……よかろう……見せてやろう……我には守りも、小賢しい技術も何も必要ではないということをっ!」 スレイヴィアはコートを脱ぎ捨てた。 「があああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 今度は明らかな獣の咆哮をスレイヴィアは上げる。 「さて、ここからが本番か……」 ルーファスは面倒臭そうな表情で呟いた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |